パラオにて農家の息子飢えて死す:戦後を生きる我々が忘れてはならない「ペリリュー~楽園のゲルニカ~」

私の祖父は三回召集されました。三度目は南の島のどこかです。おそらくはパラオではないかと。
祖父の戦友が祖母を訪ねてきたことがあるそうです。
本当かどうかはわかりません。
当時、そういう話をして食べさせてもらう嘘つきもいたそうですから。

けれど、検閲をくぐり抜けて届いた祖母へのハガキにはヤシの木が描かれていましたから、ほぼ間違いないと思われます。

ばあちゃんは軍人さんを無視できず

祖母は、傷痍軍人が物乞いをしていると必ずお金を出しました。
死んだ祖父に見えると言って。

私の従兄が祖母をパラオ旅行に連れて行きました。
夫の死んだ地を祖母は何を思って歩いたのか。

「わたしゃ、亭主の分も長生きせねばなんねぇ。」

百四歳で祖母は亡くなりました。

祖父が戦死し、祖母は寡婦となり、私の父らを育て、父は片親だからと就職難で苦労し、公務員になり、「職場を首になっても土方で食わせてくれそうだ」と母が嫁ぎ、私と妹が生まれ、私の子は成人しております。

「ペリリュー~楽園のゲルニカ~」は、戦争を知らない若い漫画家が描いたものです。
その原案は、戦争体験者です。
ペリリュー島での壮絶な玉砕戦。
生き残った兵士のサバイバル。
アメリカ軍に対するゲリラ戦。
戦死。戦病死。飢え。
日本が降伏したあとも続く戦闘の狂気。

初めは戦ったら日本に帰る日が来ると思っていた。

※使用許可のある画像です。

だが、戦争とは「たまたま生きていただけ」誰でも突然死ぬのだと知る。

※使用許可のある画像です。

そして、敵もまた人間。

※使用許可のある画像です。

自分らが戦っているうちに戦争は終わっているのではという疑念。

※使用許可のある画像です。

降伏して殺される日本兵。
それを見本とする残存兵。
戦い続けるしかない彼らは
どんな結末に行き着くのでしょうか?

ひとりでも!生きて日本に帰れるのでしょうか!?

この漫画を戦中生まれの私の母に見せたところ感想は
「普通の話じゃないの」
これは、あのころはどこでも誰でもが体験したことだと。

戦前生まれはどんどん亡くなり、
戦中生まれは敢えて戦争を見たがらず語りたがらず。
戦後生まれ、戦争を知らない子供たちはその流れで「戦争」を忘れる。いいのでしょうか?

いや、忘れるのではない。

本当に「知らない」世代が育ってきています。
歴史の一ページ、戦国時代と同じような「過去」としてしか

太平洋戦争を感じられない世代が。

平和しか知らない。

いいえ、
私たち人類は「戦争のない状態」としてしか「平和」を定義できない。
その意味では人類という種族は「平和」を手に入れたことはないのです。

この安寧は、戦争へ突進する列車に必死でブレーキをかけているだけなのか。

「ペリリュー」はそのブレーキたる作品です。

「あの戦争」は「過去」じゃない。
私たちへの地続きの歴史。
死んだ彼らを忘れたとき
「戦後」は「戦前」となるやもしれません。

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入り江わに について

オタクじゃ老害、川柳じゃ若手!オタクが互いをお宅と呼んでいた頃からのマンガアニメオタク。兼、川柳人。
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