来年も忘れられない夏はくる:語り継ぐ原爆「夏の雲は忘れない」

昨日に続き戦争の話です。


「夏の会」というのは原爆朗読劇の女優団体です。
その会はヒロシマ・ナガサキの原子爆弾投下の際の子どもたちの詩・母親や教師の手記・詩人の詩・死にゆく子どもたちの言葉などを朗読劇として伝え続けています。
その劇が本に編集されたのが

「夏の雲は忘れない」ヒロシマ・ナガサキ一九四五年

です。

雲は、原爆雲のことでしょう。
私たち戦後生まれは写真や映像でしか知りません。
あれからまだ百年も経っていないのに、
原爆の記憶はおぼろげになっています。

昭和・平成・令和。
すでに平成時代が歴史の教科書に載っています。
令和に、私たちは「日本が他国と交戦していない状態」の意味を伝えることができるのでしょうか。

「平和」は「戦いのない日常」です。
まだ百年続いていない。
あの時生きていた人がまだ存命です。

夫の母は、赤ん坊でした。
母親に背負われていて被爆しました。
夫が被爆二世です。
私の子は被爆三世になります。

もう、被爆四世も生まれて成長しています。

凛とした四世の声原爆忌

「夏の雲は忘れない」からいくつか引用します。

原爆の死神よ
いくらなんでも
一人くらい見逃したらどうだ
(「全員死亡」 志水清)

おいどんとこの子は
げんばくで死んでしまったがな
おまえんとこは ええな
(小学四年 田羽多ユキ子)

おばちゃんえい子にしとるから助けて

兵隊さん、ぼくたちがどんな悪いことしたの

このあいだの一学期の成績は良かったでしょう?

兵隊さん、ボクはまだ生きとるのですか

ボク死にそうです。どうしたら治りますか、看護婦さん

ほんとうにお浄土はあるの?そこにはヨーカンもあるの?

ねえちゃん、目が暗くなった

どんなに想像しても原子爆弾投下の一瞬を想像することは、
私にはできません。
瓦礫の写真。
溶けた鉄。
蒸発したヒトの影。

もう、戦争の話は嫌だと、暗い・怖い・見たくないという人が多いのかもしれません。
戦争よりも多くの人が自殺で死ぬというニッポン。
軍隊があるほうが規律があったという人さえいる。
精神の鍛錬になると。

そうでしょうか?
過去を美化していませんか?

アメリカ軍は、ヒロシマの上空で一発の爆弾を投下しただけ。
空からではキノコ雲しか見えなかったでしょう。
地上を這う、うめく人たち、死にゆく人たちは空から見えない。
そしてナガサキでも投下したのです。
二発目が必要でしたか?

生徒全員が死んだ学校。子どもに罪はありますか?

かわいそう、というのは他人事です。
現代の戦争はドローンなどの技術で
ますます殺される人が見えないものになってきています。

戦争があるから技術が進歩した、というのは詭弁です。
夢が科学を進歩させ、戦争がそれを悪用したのです。

戦争を知らない大人が、何とか次世代に伝えようとしている。
それは祈りに近いものだと私は感じます。

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入り江わに について

オタクじゃ老害、川柳じゃ若手!オタクが互いをお宅と呼んでいた頃からのマンガアニメオタク。兼、川柳人。
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