怖いのは鬼の情より人の業:人を好きになれば鬼「鬼娘恋愛禁止令」

読んで、うっわーとなった。うわーじゃなくて、うっわー。

ネタバレなしで書くのは難しいけれど、
読んだ人が自分で本作を読んで欲しいから頑張る。

「鬼滅の刃」よりずっと前にこういう描かれ方の「鬼」がいたってすごいな。
両作品、共通点は全くないんだけど。
「半妖の夜叉姫」でも、人間の血が混ざっているからといって妖怪としての力が減ずることはないんだが、「鬼娘恋愛禁止令」も「半童子」・半分人間の血が混ざっている。で、鬼として強い。尚、両作品やはり共通点は全くない。

たまたま今話題になっている作品と共通項である「鬼」「人と異形との混血」ってところで私が連想しただけ。

この作品での「鬼」「鬼の血」の発動のきっかけって、
どうしようもなく、生臭い。
「愛」という綺麗なことばでラッピングして店に並んでいる感情は、
実は人間の一番どろどろした部分なのではないかと思う。

「半童子」は「鬼の血」をコントロールできない。

そして「好き」という感情が「愛」につながるものならば、
どうしてそれが「鬼」という理性のない暴力につながってしまうのだろう。

全二巻だけど、全く救いはないから。

「鬼切丸」とはまた別の救いのなさ。
こう並べてみると、「鬼」が主題の作品って結構多い。そしてそれぞれの作者によって全く異なる物語になる。
それだけ日本人にとって「鬼」は人間性をえぐり出す存在なんだろうと思う。

救いはないんだけどなぁー!
物語の視点の中心である八郎の想いが、何か突破口を開いてくれないものかと思う。
「半童子」であるヒロイン・鹿恋も、八郎との間に非常に原初的で大切な感情があることに気づいてはいるみたいなんだけどなぁ。

特に私がうっわーとなったのは、まず一巻の終わり。
肉を切らせて骨を切る、って言葉があるけれど、
肉を引き裂かれないと抱きしめることもできないって、どうよ?
それで我が身を裂かれる方を選ぶって、どうよ?
殺されることでしか成り立たない恋。

んで、二巻の後半。
地蔵の首とかアクションすげぇな、
女同士怖ええー
からのー
意表を突く鹿恋の行動!

これは「愛」と呼べるもの?!

「暴力」「独占欲」「性愛」
それらが渾然一体となって「愛」を形作るものならば、
クリスマスもバレンタインも虚飾だ。

そもそも「鬼娘恋愛禁止令」の時代は、明治大正ほど昔ではないけれど平成令和ほど今でもない感じなので昭和じゃないかと。
クリスマスやバレンタインが恋愛祭りになったのって昭和も後半じゃなかったっけ?
この世界にそんなものはない!多分。

「恋」はヒトの殺人の動機にもなるし心中ってものも起きるってことを考えれば、
すごく野蛮な感情なのかもしれない。
なのにそこに「愛」がないかといえば、あるんだよな…。

二巻完結だけど続きはないんだろうか。
作者の頭の中にはあるんでは。
最近は私家版がTwitterに流れたりpixivに載ってたりするから油断できん。

八郎と鹿恋、このままの関係でいるかもしれないけれど、
できれば幸せになって欲しいと思いました。

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入り江わに について

オタクじゃ老害、川柳じゃ若手!オタクが互いをお宅と呼んでいた頃からのマンガアニメオタク。兼、川柳人。
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